介護職員研修「介護現場で活きる認知症の基礎知識」の報告

平成30年10月26日(金)、認知症認定看護師・認知症ケア専門士として認知症治療病棟やデイサービスなどで実践を積み、介護支援専門員としても専門的な知識と実績を持たれている市村幸美先生をお招きして、「介護現場で活きる認知症の基礎知識」と題した研修会を開催しました。会場となった厚木市文化会館の4階集会室には当会員51名の介護スタッフが集まり、研修会に参加しました。
篠原会長より開会のごあいさつ

「認知症の研修については、介護に関わるみなさんがこれまでに何度か受けたことがあると思いますが、今回の研修は介護現場の状況変化を認識し、日頃の業務を見つめ直す意味で活かしてほしいです。また、利用者さんの様子を日々観察する中で、健康状態の変化を早期発見し、すばやく医療機関や治療に繋げられるようにして頂きたい」と挨拶がありました。

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●市村先生より、研修会を始めるにあたって

2年前にこの会の研修会をさせていただいてから、住んでいる場所や職場が変わって、私自身の認知症ケアに対する考え方にも変化がありました。最近は研修会などでお話させて頂く機会が多くなっているのですが、私自身の認知症ケアが上手くいっているというわけでもなく、多くの失敗した経験から、上手く行っている時と上手くいかない時を比較してお伝えできることが強みかなと思っています。「教える」というより、みなさんの現場で活かしてもらえるように「こんなやり方もあるんだな」という風に少しでもヒントになれば良いと思ってお話しします。 認知症ケアで大事なことは「冷静に受け止めること」だと思います。どんな良いケアをしても認知症は確実に進行していきます。症状に一喜一憂するのではなく、介護職がちょっと前を歩きながら先手を打てるようになれれば、介護する側もされる側もお互いに楽になれると思っています。介護する側が楽になれば、利用者さんの気持ちも楽になっていくと考えています。

認知症の人を理解するために大切な二つの視点

はじめに、認知症は脳という臓器の「病気」だと理解できると、感情的にならずに冷静な対処を考えられるようになります。症状について特徴や経過について理解すると、意識して症状を観察することができるようになり、ご本人の出しているサインや困っていることに早く気づけます。また、後半では利用者さんの感情や意識を理解することについてお話ししたいと思います。

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●認知症の種類とその症状の特徴・経過など

「認知症」というと一般の人はほとんどがアルツハイマー型だと思いがちですが、他の種類の病気であることもあります。病気の種類とその特徴を理解すれば、介護現場で「利用者さんの様子がなにか変だな?」と思った時に、別の症状を疑ったり、早期発見から医療につなげていくこともできます。

1.アルツハイマー型認知症の特徴

短期記憶やエピソード記憶が抜け落ちて、ヒントを与えても思い出さない。 ※あえて思い出させる必要はない。 ・認知症全体の中で50%~60%の割合 ・発症や進行はゆっくり ・記憶障害から始まることが多い ・うつ症状が出ることもある ・時間の経過とともに進行 ・初期では被害妄想が見られることがある ・取り繕い反応、振り向き兆候 ・運動機能は比較的保持される 普段からみていて「なにかちょっと変だな?」と思ったら、「気のせいかな」と流さずに、意図的に観察してみましょう。家族が「病院に行きなさい」と言うと抵抗がある場合でも、信頼のある介護士さんから「不安だったら一度病院に行ってみたら」と軽く押してあげると意外に受け入れてくれて、早期受診に結びつくことがあります。

《アルツハイマー型認知症の経過》

●軽度

・同じことを何度も言う

・お金の管理が難しくなる

・置き忘れなどが目立つ

・日付や時間感覚が不確か

●中期

・料理などができなくなる

・話が噛み合わなくなる

・迷子になる

・季節にそぐわない服を着る

・言葉の言い間違いが増える

●後期

・会話が成立しない

・ADLが低下する

・生活全般に介護が必要になる

・歩行、座位が困難になる

2.脳血管性認知症の特徴

※以前は認知症のうち半数ほどがこの症状だったこともあるが、最近は割合が減ってきている。

・認知症全体の中で15%~20%の割合

・脳の血管障害が原因(脳梗塞・脳出血)

・種類や病変の大きさ、場所などによって症状が異なる

・発症が急激→小さな脳梗塞が徐々に増える場合は発症や進行はゆっくり

・嚥下障害や麻痺などの運動障害を伴うことが多い

3.レビー小体型認知症の特徴

※最近は診断名のつく割合が増えてきていて、これからも割合は増えていく傾向。

※アルツハイマーの症状と違い、無いものが見える「幻視」から発展した被害妄想が出ることも特徴。

※行動が「にぶい」「かたい」「おそい」というイメージがある。

※普段は震えがないが、物を持つと震えがでる特徴がある。

※症状に変動があり、日毎・月毎などの周期で症状が出ることがある。

・認知症全体の中で15%~20%の割合

・パーキンソン症状 ・幻視(色や質感がはっきり見える)

・歩行が不安定 ・姿勢が崩れやすく立て直しにくい

・自律神経症状(起立性低血圧・便秘・手足の冷えなど)

・嚥下障害 ・症状の変動

・薬剤に対して過敏

4.前頭側頭型認知症の特徴

※割合は1〜3%ほどで、とても少ない。

※感情が爆発したり、暴力など抑制ができないので、ルールや規則を守れないなどの「自分勝手」に見えてしまう。病気の症状がそうさせていると理解する必要がある。

※「おはようございます」を1時間言い続けるとか、同じ時刻に同じ行動を繰り返したり、周回行動をとるなどの特徴がある。決まった行動を必ずやらないと気がすまないこともある。

・若年に多い

・脱抑制(衝動や感情を抑えることができない)

・時刻表的生活

・同じ行動や動作を繰り返す(常同行動)

・周囲への関心の低下

・食行動の異常

・自発性の低下

●認知症の症状

原因疾患に伴う脳の変性やダメージ

「認知機能障害」

・記憶障害

・判断力の低下

・見当識障害

・実行機能障害

・失行

失認

・失語

↓ 〈性格・気質〉 不安・不快・苦痛

↓ ・治療に伴うストレス

↓ ・身体の不調

↓ ・不適切なケア など

「行動・心理症状(BPSD)」

・妄想

・徘徊

・ケアへの抵抗

・睡眠障害

・意欲低下 など

※「症状を抑えること」より、何が引き金になっているか、何の認知機能障害が原因かを考え、しっかりアセスメント・分析して、「障害があってもできるだけ困らないように」「進行を遅らせる」などアプローチをとることが。介護職にとって大切になってきている。食事の時に「お昼ご飯ですよ」という声かけが「見当識」に働きかけているとか、普段は無意識にやっていることを「何に効いている」と形に残すことで、他のスタッフと共有したり、スタッフの育成に活かせたりする。

●BPSD(認知症の行動と心理症状)をどうとらえるか

想いを適切に表現できない認知症の人が不安・不快・苦痛を訴える手段

「自分自身を守りたい」

「辛い状況から抜け出したい」

 ★BPSDは「SOSサイン」としてとらえましょう。

●介護現場でやってはいけない3つのロック

・フィジカルロック(道具などを使った身体拘束)  医療現場でも少なくなってきている

・スピーチロック(「〜しないでください!」など、言葉による過度な抑制)  言い方や強く言った後に謝るなど、工夫できることを職場で話し合うなど

・ドラッグロック(薬を使う前にやれることを考える)  最低限の薬を使うことは必要だが、薬を使う前にやれることを考える

(休憩)

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●認知症ケア 入浴・食事

入浴と食事について多くのご質問がありましたので、私の考え方をお話しします。

◆認知症が入浴に及ぼす影響

・前回の入浴について覚えていない

・自分がどこにいるのかが分からない

・入浴をしてよい場所なのかがわからない

・入浴の必要性がわからない(「清潔」の概念について)

・入浴の手順がわからない

・手際が悪くなる

・着脱ができなくなる

・空間認識の障害

《入浴援助のポイント》

・無理強いはしない

※入浴拒否について、1回言って断られたら、引き下がるようにしている。

(最初の声かけでご本人に迷う素振りが見えたらもう1回くらい聞いてみても良いことがある)

・毎回声をかける

・1回で引き下がる

・「選択」と「拒否」を区別する

・ご家族にもきちんと説明をする

※本人が嫌なのに無理にさせるのは本人の幸せではないことをご家族にも理解してもらう。

・「入浴させなければならない」という気持ちを手放す

※私は「お風呂に入らなくても死にはしない」くらいに考えていると気持ちが楽になる。

・快感情を残すケアを意識する ※なるべく嫌なことを取り除き、「良かった」ということを多く残していけるよう心がける。

※「拒否の方にどうしたらいいですか?」という質問が多かったが、入浴に限らずやらなくても良いことはやらないようにしてきている。できるだけご本人に選択を任せて、過度な声かけはしないようにしている。

◆認知症が食事に及ぼす影響

・前の食事をいつ食べたか覚えていない

・次の食事がいつなのかわからない

・食事を認識できない

・食事用具の使い方がわからない

・食事に集中できない

・嚥下障害

・幻視(例:食べ物に虫が入っている)

・食べ方が乱れる

《食事援助のポイント》

◆摂食・嚥下のプロセス

(1)先行期:食べ物を認識する

(2)準備期:口に入れて噛む

(3)口腔期:舌で喉に送り込む

(4)咽頭期:飲み込む

(5)食道期:食道から胃に送る

 

・摂食・嚥下のプロセスでどこに問題があるのかを観察する

(認知症の種類によって起こりやすい障害が異なる)

※観察や分析してできないことが判るとケアのポイントや必要な口腔体操が理解できる。

・集中できる環境を提供する

※食べ物以外のものがあるとは集中力を妨げるので、食事の場所にはなるべく置かないようにする。

※エプロンは気が散る原因にもなるので、本当に必要なのか見直してみる。

・最初の数口だけ介助する

・手づかみで食べられるものを提供する

・全量摂取にこだわらない

※本人が食べらきれないようなら無理に勧めない。

・身体状況や薬の影響に注意する

 

●帰宅願望

《考えられる原因》

・見当識障害による不安

・自分の置かれている状況に納得できない

・居心地の悪さ

《観察ポイント》

・帰りたい原因を探る(聞いてみる)

→どこに帰りたいのか?

→帰らなければいけない理由はなにか?

→どんな心配事があるのか?

・最後まで話を聞いたら話題を変えてみる

※帰宅願望があっさり無くなることはないので、ご本人が「今晩一晩泊まろうか」と思ってもらえば良い、くらいの低い目標設定でよい。あくまで自己選択なので、介護職は居心地の良い環境を整えることを心がける。 ※利用さん同士の関係で解決することもあるので、コミュニティーに頼ってみるのもよい。

 

●まとめ

感情的にならずに冷静に向き合いましょう。

「試行錯誤することを諦めない」

しかし…

「良くしなくてはいけない」という気持ちは手放しましょう。

※「今のあなたは良くない」というマイナスのメッセージにならないように。

認知症は病気だから必ず進んでゆく、その当たり前のことに落ち込むのではなく、

本人の困りごとが増えたことや望んでいることに手を貸してゆくことに気持ちを向けるほうが良い

 

《認知症ケアにマニュアルはない》

「何が起こっているのか」

「本人が望んでいることは何か」

「何が問題なのか、本当に問題なのか」

「考える力」をつける

認知症ケアが楽になる 認知症ケアは変わってきています。この10年くらい認知症の方の尊厳を大切にすることが言われてきましたが、そこはあたり前のこととして、専門職が「考える力」をつけて新しいケアを見つけてゆくことが求められています。介護職が「しんどい」と感じたことは利用者さんにもしんどいはずなので、認知症の方が望む選択をして、自分が楽になればその投影として、認知症の方も楽に感じてくれるはずです。私の主観が多く、「違う」と感じる方もいたかと思いますが、エッセンスとして取り入れていただいて、少しでも認知症ケアが楽になればよいと考えています。

(講演終了)

 

●質疑応答

【質問】脳血管性認知症の特徴でうつ病や精神疾患などと関連や症状のと関連性について教えてください。

【答え】脳血管性認知症の方は「意欲低下」という症状が特徴になります。うつ病とは別だと思います。

 

【閉会挨拶 (副会長 岡島)】

先生のお話の中に冷静に認知症の方のことを考えることの大切さということがありました。利用者さん本意とはいえ、どこまで聞いていいのかなど試行錯誤することも多くあります。個々で悩むのではなく、職場のみんなで情報を共有することで、気持ちが楽になるのかなと思いました。先生のお話を現場でどれだけ活かせるかはそれぞれの職場の状況で違うと思いますが、これから考える時のヒントにできればと感じました。 本日はどうもありがとうございました。—————————————————————————————————————————————————

【市村幸美 先生のプロフィール】

認知症専門ナースケアマネ

看護師(元 認知症看護認定看護師)

認知症ケア専門士

介護支援専門員

《経歴》精神科病院の認知症治療病棟への配属をきっかけに認知症ケアに興味をもつ 認知症治療病棟、デイサービス、訪問入浴、地域での介護予防事業などを経験 看護助手→准看護師→看護師→認知症看護認定看護師→介護支援専門員→フリーランス

《現在》 ショートステイ(非常勤勤務) 「認知症の方が不利益を受けない社会をつくる」を理念にフリーランスで講師業、 執筆、セミナー開催、看護・介護職の個別相談など活動をしている。

《著書》 「心が通い合う認知症ケア」(日総研出版)

https://sachimiichimura.com/ 市村幸美さんのホームページ